【雑記】M12記録1
2011年8月6日 TCG全般 コメント (4)ドラフト4回。
4-3-2-2
青赤:優勝
青赤:2没
8-4
白赤:2没
白緑:2没
圧倒的2没祭り。
4回中3回は赤除去満載デッキだったのに、白緑組んだ瞬間ジェイスの文章管理人+ジェイスの消去コンボに負けて当たり運わりーとか叫んじゃったりw
ギデオンとガラク引いたので若干マイナス位で済んでます。
追記
カード整理前に目覚めの一発。
2没病怖いなので4-3-2-2に。
白赤:優勝
ミノタウルスが+2+2飛行で7点、戦闘後投げ飛ばしってコンボが決まりまくった。
レアはピックせず。
R2の相手がプレイングミス10回くらいしてくれて感動した。
こっちの場に何もいないのに自分の幻影の熊をクラゲする相手には負けない。
これからカード整理じゃー。
4-3-2-2
青赤:優勝
青赤:2没
8-4
白赤:2没
白緑:2没
圧倒的2没祭り。
4回中3回は赤除去満載デッキだったのに、白緑組んだ瞬間ジェイスの文章管理人+ジェイスの消去コンボに負けて当たり運わりーとか叫んじゃったりw
ギデオンとガラク引いたので若干マイナス位で済んでます。
追記
カード整理前に目覚めの一発。
2没病怖いなので4-3-2-2に。
白赤:優勝
ミノタウルスが+2+2飛行で7点、戦闘後投げ飛ばしってコンボが決まりまくった。
レアはピックせず。
R2の相手がプレイングミス10回くらいしてくれて感動した。
こっちの場に何もいないのに自分の幻影の熊をクラゲする相手には負けない。
これからカード整理じゃー。
【募集】カード整理中 + 昔話
2011年8月6日 TCG全般 コメント (8)テンペスト時代から現代までのコモンアンコモンがあふれ返る部屋。
まあ大半は破棄かなw
テンペストくらいから現代までのコモンアンコモンで余剰あれば取っときます。
欲しいものがあればコメ欄に書き込みくだされ。
神河ブロック構築デッキの残骸が大量に出てきた。
初PT時の練習の跡。
あの時は最初に組んだ赤緑蛇が強くて、そのデッキに勝つために大量にデッキを組んで壊してを繰り返したっけ。
自分程度の実力で辿り着けるってことは、他のプレイヤーも同じことくらい考える、って決めつけて赤緑蛇に勝てるデッキを必死に探した。
たった一人での、しかも一人回しでのデッキ調整。
僕は部屋に引きこもって使えるすべての時間をこれに費やした。
結果、(蛇とほぼ五分ながら)白単ウィニーにたどり着く。
最終的に蛇は下馬評通り会場内最多で、そしてメタられ負け組となった。
偶然ながら、僕は与えられていた第一のハードルをクリアしていたのだ。
でもやっぱり一人では出来ることに限界があった。
けちコンは雛型で見限ってしまった。
ビートダウンデッキを研ぐよりもコントロールデッキを熟成させるのには時間が掛かる。
僕は一人で世界と対抗するためにビートを研ぐことにした。
最強のビートダウンデッキを作る。
当時の練習環境を振り返るに、その決断に間違いはなかったと今でも思う。
最終的に現地に行って、ルームシェアさせてもらった日本のプロに教えてもらったテクを組み込んだ白単ウィニーで参加、その結果が30位と幾ばくかの賞金、そして次のPTの権利獲得。
初プロツアーにしては上出来。僕の周りのすべての人がそう言った。
しかし現地で、アメリカ勢の洗練されたケチコン、KJとブッティが辿り着いた白黒コン、フランス勢や浅原連合の明神デッキ、ローリーさんの3色レジェンズ等のレベルの違う完成度のデッキ群を見せつけられ、明らかな壁を感じた。
一人では世界とは戦えない。
胸に残ったのは挫折。
同じ意志を持った仲間が身近におらず、それに加え北海道の片田舎という劣悪な練習環境。
井の中のブラックタイガーは世界を知った。
そして、打ちのめされた。
懐かしいね。ただの昔話です。
まあ大半は破棄かなw
テンペストくらいから現代までのコモンアンコモンで余剰あれば取っときます。
欲しいものがあればコメ欄に書き込みくだされ。
神河ブロック構築デッキの残骸が大量に出てきた。
初PT時の練習の跡。
あの時は最初に組んだ赤緑蛇が強くて、そのデッキに勝つために大量にデッキを組んで壊してを繰り返したっけ。
自分程度の実力で辿り着けるってことは、他のプレイヤーも同じことくらい考える、って決めつけて赤緑蛇に勝てるデッキを必死に探した。
たった一人での、しかも一人回しでのデッキ調整。
僕は部屋に引きこもって使えるすべての時間をこれに費やした。
結果、(蛇とほぼ五分ながら)白単ウィニーにたどり着く。
最終的に蛇は下馬評通り会場内最多で、そしてメタられ負け組となった。
偶然ながら、僕は与えられていた第一のハードルをクリアしていたのだ。
でもやっぱり一人では出来ることに限界があった。
けちコンは雛型で見限ってしまった。
ビートダウンデッキを研ぐよりもコントロールデッキを熟成させるのには時間が掛かる。
僕は一人で世界と対抗するためにビートを研ぐことにした。
最強のビートダウンデッキを作る。
当時の練習環境を振り返るに、その決断に間違いはなかったと今でも思う。
最終的に現地に行って、ルームシェアさせてもらった日本のプロに教えてもらったテクを組み込んだ白単ウィニーで参加、その結果が30位と幾ばくかの賞金、そして次のPTの権利獲得。
初プロツアーにしては上出来。僕の周りのすべての人がそう言った。
しかし現地で、アメリカ勢の洗練されたケチコン、KJとブッティが辿り着いた白黒コン、フランス勢や浅原連合の明神デッキ、ローリーさんの3色レジェンズ等のレベルの違う完成度のデッキ群を見せつけられ、明らかな壁を感じた。
一人では世界とは戦えない。
胸に残ったのは挫折。
同じ意志を持った仲間が身近におらず、それに加え北海道の片田舎という劣悪な練習環境。
井の中のブラックタイガーは世界を知った。
そして、打ちのめされた。
懐かしいね。ただの昔話です。